

菅野榮子(かんの・えいこ)さんは 79 歳。孫に囲まれた幸せな老後を送るはずが、福島第一原発の 事故で一転する。榮子さんが暮らす福島県飯舘村は全村避難となり、ひとりで仮設住宅で暮らすこ とになった。支えは親戚であり友人の 78 歳の菅野芳子(かんの・よしこ)さんだ。芳子さんは避難生 活で両親を亡くし、ひとりで榮子さんの隣に移ってきた。「ばば漫才」と冗談を飛ばし、互いを元気 づける、2人の仮設暮らしが始まった。 榮子さんの信条は、食べるものは自分で作ること。ふたりで畑を耕し、トマト、キュウリ、芋、 大豆、大根、様々な作物を収穫する。かぶや白菜の漬物、おはぎ、にんじんの胡麻和え・・・、「おい しいよ」と笑顔で食卓に手料理を並べる。村の食文化を途絶えさせたくないと、昔ながらの味噌や 凍み餅(しみもち)の作り方を、各地に出向いて教えるようにもなった。 飯舘村では帰村に向けた除染作業が行われている。だが高い放射線量、変わり果てた風景・・・。ふ たりは先の見えぬ不安を語り合い、泣き笑いながら、これからを模索していく。
舞台は越後妻有(えちごつまり)の里山。この雪深い村に都会から移り住んだ木暮さん夫婦は、茅葺き屋根の古民家を修復し、見よう見まねで米を作って暮らしてきた。ゴリゴリと豆を挽いてコーヒーを淹れ、…
>>続きを読む東京で働くひとり娘の「私」(監督・信友直子)は、広島県呉市に暮らす90代の両親を1作目完成後も撮り続けた。2018年。父は家事全般を取り仕切れるまでになり日々奮闘しているが、母の認知症はさ…
>>続きを読む東日本大震災から数年後。長島県東方沖で巨大地震が発生し、長島第一原発が事故を起こしてしまう。酪農を営む小野家は警戒区域の圏外となるが、道一本隔てた隣家の鈴木家は強制退避に。そんな中、小野家…
>>続きを読む広島県呉市。この街で生まれ育った「私」(監督・信友直子)は、ドキュメンタリー制作に携わるテレビディレクター。18歳で大学進学のために上京して以来、40年近く東京暮らしを続けている。結婚もせ…
>>続きを読む東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故で、遠く離れた場所へ避難した福島県双葉町の人々に密着したドキュメンタリー。原発事故により、福島県双葉町の住民1423人が、約250キロ離れた埼玉…
>>続きを読む熊本県で訪問介護の仕事をしている林恵子、67歳。子どもたちはすでに独立。休日は友人らとカラオケや居酒屋に通い、一見平穏な日常を送っている。しかし恵子には、家族や親しい友人にも語ってこなかっ…
>>続きを読む©Mizue Furui 2016